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	<description>Explore monden world as a buddhist.</description>
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		<title>うたかたり in 宝善院のお知らせ</title>
		<link>http://buddhistlife.net/article/231</link>
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		<pubDate>Sat, 06 Mar 2010 10:14:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>松下 弓月</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[
FMくらしきのバラエティー法話番組『拝、ボーズ！！』のパーソナリティー天野こうゆうさんとフォークシンガーの小林啓子さんによる、歌と法話のコラボ−レーションイベント「うたかたり」をわたしの所属する宝善院にて来週13日の土 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<div id="attachment_233" class="wp-caption alignleft" style="width: 220px"><a href="http://acalanatha.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/2010/03/utakata-hozenin-web.jpg"><img class="size-full wp-image-233 " title="utakata-hozenin-web" src="http://acalanatha.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/2010/03/utakata-hozenin-web.jpg" alt="うたかたり in 宝善院" width="210" height="288" /></a><p class="wp-caption-text">「月うさぎ」をモチーフにした天野こうゆうさんによるイラスト</p></div>
<p>FMくらしきのバラエティー法話番組『<a href="http://www.haibozu.com/">拝、ボーズ！！</a>』のパーソナリティー天野こうゆうさんとフォークシンガーの<a href="http://www.kobayashikeiko.com/">小林啓子さん</a>による、歌と法話のコラボ−レーションイベント「<a href="http://www.utakatari.com/UTAKATARI.COM/Welcome.html">うたかたり</a>」をわたしの所属する<a href="http://www.houzenin.jp/">宝善院</a>にて来週13日の土曜日に開催します。</p>
<p>「うたかたり」は、フォークシンガー・小林啓子さんと真言宗僧侶・天野こうゆうさんが、歌とお話で仏教説話をわかりやすく説き、今を生きる人へ「心のみちしるべ」を示すライブイベントです。お寺だけでなくカフェやギャラリー、ライブハウスなどでも活動されており、「うたかたり」での法話を元にしたオリジナル曲のひとつ「月うさぎ」は高野山真言宗本山のオフィシャルCD「高野山・声のたより」にも収録されています。</p>
<p>天野こうゆうさんは岡山県倉敷市にある高蔵寺のご住職で、高野山真言宗の布教師としてテレビやラジオで活躍される素晴らしいお坊さんです。わたしも彼岸寺で『拝、ボーズ！！』をご紹介させていたえだいたことをきっかけに、お付き合いをさせていただいているのですが、いたらない私にいつも優しく指導してくださっています。</p>
<p>今回もうたかたりが関東で公演をされると聴いて、ぜひ宝善院でもとお願いをしたところ快く受けていただきました。春の温かさを感じさせるこの季節に、お寺の本堂で天野こうゆうさんの心に染み入るお話と、小林啓子さんの美しい歌声をお楽しみいただければ幸いです。</p>
<blockquote><p><strong>うたかたり in 宝善院</strong><br />
日時：2010年3月13日（土）<br />
場所：福生山<a href="http://www.houzenin.jp/">宝善院</a>（平塚市平塚1−23−16／JR東海道線平塚駅より徒歩12分）<br />
料金：1500円（TwitterのRTで500円割引します）<br />
お問わせ：宝善院（0463−32−0387）副住職まで。</p>
<p>フォークソング＋法話　〜新しいかたちの誕生〜　フリーライター・清水 勉</p>
<p>1960年代後半に起こったカレッジ フォークブーム。日本フォーク界の先駆者として彗星のように現れた“フォークの女神”小林啓子。高度成長期のあの時代…彼女の歌声は人々の心を癒し続け た。30年間のブランクを経て７年前に音楽活動を再開した彼女は、既に還暦を過ぎ ていた。しかし、その美貌と伸びやかな歌声は衰えを知らない。いや、歳を重ねるごとに声に磨きがかかっているのは、驚異と言うしかない。  そ んな彼女が３年前に偶然、出会ったのが天野高雄（こうゆう）という岡山県倉敷・高蔵寺の若き住職だった。彼は長きにわたり高野山で修行して真言宗本山布 教師の位を持つ。布教のために総本山の高野山から正式に講演活動が許され、多くの人に法話を聞かせることができるお坊さんである。  「何 か、ご一緒に出来ませんかね」と互いが同時にそう思い、ならばと…二人で考えたのが、フォークと法話のコラボによるライブ…『うたかたり』だった。 フォークシンガーとお坊さんという一見、アンバランスな取り合わせに堅苦しさや何の違和感もないのが不思議に感じられる。曲と曲の合間に法話がさりげなく 入り、お互いのトークも滑らかで聞いていて実に心地良い。  若い世代の人からお年寄りまでが同じ気持ちで聞けるライブというものは、そうあ るものではない。そういう意味で『うたかたり』には世代を超えたニーズを感 じる。これまでに東京、倉敷、仙台、山形、沖縄など全国各地で『うたかたり』は行われ、好評を博してきた。美しい歌声は聞き入る者の心を洗い清め、法話の 数々は人生の道しるべとして心に響く…『うたかたり』という新しいスタイルは、現代人が忘れかけていた日本人の澄んだ心を感じさせてくれるステージなので ある。</p></blockquote>

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		<item>
		<title>ダダ漏れ坊主【お寺なう】お寺×twitter・ゆるくつながる交流会『山陰twitterオフ会』</title>
		<link>http://buddhistlife.net/article/220</link>
		<comments>http://buddhistlife.net/article/220#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 26 Feb 2010 03:19:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>松下 弓月</dc:creator>
				<category><![CDATA[ダダ漏れ坊主]]></category>

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		<description><![CDATA[
全国初？のお寺で開催される山陰Twitterオフ会がダダ漏れ坊主でUstreamの生中継されます！　山陰地方のTwitterユーザーでオフ会をしようという声に、@junkoji さんが手を挙げられたところから、非常に珍 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p>全国初？のお寺で開催される山陰Twitterオフ会がダダ漏れ坊主でUstreamの生中継されます！　山陰地方のTwitterユーザーでオフ会をしようという声に、<a href="http://twitter.com/junkouji">@junkoji</a> さんが手を挙げられたところから、非常に珍しいお寺でのオフ会を開催されることになったのだとか。</p>
<p>当日はUstreamで生中継をしながら、お勤めや法話、初心者向けのTwitter講座「順光寺twitter寺子屋」、地元アーティストによるミニライブが行われるとのことです。</p>
<p>お近くの方はリアルで、遠くの方はPCの前からぜひご参加ください！</p>
<blockquote>
<h3>【お寺なう】お寺×twitter・ゆるくつながる交流会『山陰twitterオフ会』</h3>
<p>ウェブサイト：<br />
順光寺公式サイト <a href="http://www.junkouji.net/">http://www.junkouji.net/</a><br />
ブログ <a href="http://blog.junkouji.net/">http://blog.junkouji.net/</a><br />
主催者サイト <a href="http://sanin.twibito.com/event/saninoff02/">http://sanin.twibito.com/event/saninoff02/</a></p>
<p>開催日時：<br />
2010（平成22）年2月27日（土）　15時〜17時</p>
<p>開催場所：<br />
順光寺本堂（島根県松江市石橋町44）</p>
<p>趣旨：<br />
「お寺×twitter・ゆるくつながる交流会」と題し、おそらく全国初であろう、お寺でのtwitterオフ会を開催します。<br />
古くから、お寺には法要などで地域の人々が集まっていた場所。<br />
インターネット全盛の現代。twitterというWebツールをご縁として、地域の皆さまにお寺にお参りいただき、仏法に遇う機縁としていただきたいと思います。</p>
<p>内容：<br />
・お勤め<br />
・法話<br />
・順光寺twitter寺子屋（初心者向けのプチtwitter講座）<br />
・自己紹介・懇談<br />
・地元アーティストのミニライブ<br />
・お抹茶タイム<br />
など</p>
<p>ハッシュタグ：</p>
<p><a href="http://twitter.com/#search?q=%23saninoff02" target="_blank">#saninoff02</a></p></blockquote>

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		</item>
		<item>
		<title>田中ひろみさんの『厄年女が幸せになる方法』で厄年について解説しました</title>
		<link>http://buddhistlife.net/article/198</link>
		<comments>http://buddhistlife.net/article/198#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 15 Feb 2010 06:00:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>松下 弓月</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>
		<category><![CDATA[厄年]]></category>
		<category><![CDATA[書籍]]></category>
		<category><![CDATA[田中ひろみ]]></category>

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		<description><![CDATA[
イラストレーターの田中ひろみさんによる、『厄年女が幸せになる方法』の「第二章　教えて！　お坊さん」にて厄年について解説させていただきました。
ひろみさんにお寺までお越しいただき、「そもそも厄年とはなんなのか？」、「お寺 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p>イラストレーターの田中ひろみさんによる、『厄年女が幸せになる方法』の「第二章　教えて！　お坊さん」にて厄年について解説させていただきました。</p>
<p>ひろみさんにお寺までお越しいただき、「そもそも厄年とはなんなのか？」、「お寺での厄払いはどんなことをするか」、「厄年について気を付けること」などについてお話させていただきました。</p>
<p>どうぞ書店にてお手に取ってご覧いただければ幸いです。</p>
<blockquote><p>数え33歳は女の大厄。37歳も厄年。前厄と後厄を含めると、女の30代は厄年だらけです！<br />
多くの神社仏閣で、男性は25歳・42歳・61歳、女性は19歳・33歳・37歳と書かれた厄年の表が貼ってあり、厄除け祈願を行っています。それだけ厄を怖がっている人が多いのかもしれません。<br />
実際「厄年に何かあった?」と周りに聞いてみると、悲惨な出来事に遭った人が大勢いて驚きます。<br />
ただ厄年だからと恐れるのではなく、自分に出来る厄祓いを知り、幸せになるための方法を書いた本です。<br />
厄年は、悪いことが起こる年ではなく人生の節目と考え、心も体もリセットすると、人生がハッピーになるのです。<br />
「厄年って何?」「厄除けって必要なの?」と、少しでも気になっている方は、ぜひこの本を読んでください</p>
<p style="text-align: right;">田中ひろみさん公式サイト「<a href="http://www.usagitv.com/honn2.html">USAGI.TV</a>」より。</p>
</blockquote>
<table border="0" cellpadding="5">
<tbody>
<tr>
<td colspan="2"><a href="http://www.amazon.co.jp/%E5%8E%84%E5%B9%B4%E5%A5%B3%E3%81%8C%E5%B9%B8%E3%81%9B%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8B%E6%96%B9%E6%B3%95%E2%94%80%E2%94%80%E4%BA%BA%E7%94%9F%E3%81%AE%E3%83%9B%E3%82%B3%E3%83%AA%E3%82%92%E7%A5%93%E3%81%86%E3%81%A8%E9%81%8B%E3%81%8C%E3%82%88%E3%81%8F%E3%81%AA%E3%82%8B-%E7%94%B0%E4%B8%AD-%E3%81%B2%E3%82%8D%E3%81%BF/dp/4492043586%3FSubscriptionId%3D15SMZCTB9V8NGR2TW082%26tag%3Dtantrika-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4492043586" target="_top">厄年女が幸せになる方法──人生のホコリを祓うと運がよくなる!</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=tantrika-22&amp;l=ur2&amp;o=9" border="0" alt="" width="1" height="1" /></td>
</tr>
<tr>
<td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/%E5%8E%84%E5%B9%B4%E5%A5%B3%E3%81%8C%E5%B9%B8%E3%81%9B%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8B%E6%96%B9%E6%B3%95%E2%94%80%E2%94%80%E4%BA%BA%E7%94%9F%E3%81%AE%E3%83%9B%E3%82%B3%E3%83%AA%E3%82%92%E7%A5%93%E3%81%86%E3%81%A8%E9%81%8B%E3%81%8C%E3%82%88%E3%81%8F%E3%81%AA%E3%82%8B-%E7%94%B0%E4%B8%AD-%E3%81%B2%E3%82%8D%E3%81%BF/dp/4492043586%3FSubscriptionId%3D15SMZCTB9V8NGR2TW082%26tag%3Dtantrika-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4492043586" target="_top"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51-ZnMoxyPL._SL160_.jpg" border="0" alt="厄年女が幸せになる方法──人生のホコリを祓うと運がよくなる!" /></a></td>
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東洋経済新報社  2009-12-01<br />
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<p><span><strong>おすすめ平均 </strong><img src="http://g-images.amazon.com/images/G/01/detail/stars-5-0.gif" alt="star" /><br />
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<img src="http://g-images.amazon.com/images/G/01/detail/stars-5-0.gif" alt="star" />厄年は人生をリセットできる歳なのね。</span></p>
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</tr>
</tbody>
</table>

]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>「こんなお寺あったらいいんじゃないか会議」 開催！</title>
		<link>http://buddhistlife.net/article/167</link>
		<comments>http://buddhistlife.net/article/167#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 14 Feb 2010 04:58:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>松下 弓月</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>
		<category><![CDATA[twitter]]></category>
		<category><![CDATA[Ustream]]></category>
		<category><![CDATA[お寺]]></category>
		<category><![CDATA[イベント]]></category>
		<category><![CDATA[ダダ漏れ坊主]]></category>

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		<description><![CDATA[
2月22日（月）20時より、「こんなお寺あったらいいんじゃないか会議」を開催します。これからのお寺について考えるリアルのとインターネットでの試みです。
この企画はTwitterでのこんなつぶやきからはじまりました。
「 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p>2月22日（月）20時より、「こんなお寺あったらいいんじゃないか会議」を開催します。これからのお寺について考えるリアルのとインターネットでの試みです。</p>
<p>この企画はTwitterでのこんなつぶやきからはじまりました。</p>
<blockquote><p>「お寺をめぐる状況はどんどん悪化して食べることも困難なお寺が増えている。でもだからこそ本来のあり方を取り戻そうと多彩な取り組みをするお寺も増えてきている。かえっていいことなのかもしれない（大意）」</p></blockquote>
<p>このふとした一言をきっかけに、お寺に生きるお坊さん、お坊さんに興味のある人、宗教学の研究者など、様々な立場の人たちがTwitterで意見を交わしました。おじいさんが亡くなった時にお寺さんから「お寺は檀家さんのものです」と言われた経験から、いま多くの人が抱いている誤解が解けて人の役に立つ教えが伝わればと願う方。仏教がもともと異国の文化だったところから、外国人と交流できるお寺の形を考える方。小さなお寺でもできることに挑戦して可能性を広げたらいいのではというアドバイスする方など。たった140文字のつぶやきですが、たくさんの人が「お寺ってなんだろう？」の気持ちでつながっていました。（詳しくはこちらのまとめをご覧ください→トゥギャッター 「<a href="http://togetter.com/li/5426">お寺ってなんだろう？」まとめ</a>）</p>
<p>もう少しこの「お寺ってなんだろう？」という疑問について考えてみたくて、企画したのが「こんなお寺あったらいいんじゃないか会議」です。ご縁のあるお坊さんに集まっていただきワイワイと話しあうと同時に、「お寺」がもっとたくさんの人にとって大切な場所になるように、インターネットで参加もできるようにUstreamをつかった生中継も行います。また、Twitterに <a href="http://twitter.com/#search?q=%23think_otera">#think_otera</a> というハッシュタグもありますので、こちらからもご参加いただけます。</p>
<p>少しずつですが、たしかにお寺をめぐる状況は大変なものになってきています。でも、大変なときこそ、本質を見つめ直しいちばん大切な価値を追求できる時期でもあります。これからのお寺はどうあるべきか。どうなったら楽しいか。みんなで集まって「こんなお寺あったらいいんじゃないか」話しあうことができたらとても嬉しいです。</p>
<p>また、第2部では日ごろお坊さんに聞けない疑問・質問に集まったお坊さんみんなで答える「Ust問答　お坊さんがよってたかって質問に答えます」も行います。以下の案内をご覧いただき、どうぞご意見・ご質問をお寄せください！</p>
<blockquote>
<ul>
<li>日時：2010年2月22日（月）20：00〜24：00（予定）
<ul>
<li>第1部「こんなお寺あったらいいんじゃないか会議」</li>
<li>第2部「Ust問答　お坊さんがよってたかって質問に答えます」</li>
</ul>
</li>
</ul>
<ul>
<li>Ustream：<a href="http://www.ustream.tv/channel/think-otera">http://www.ustream.tv/channel/think-otera</a></li>
<li>Twitter：ハッシュタグは <a href="http://twitter.com/#search?q=%23think_otera">#think_otera</a> です。</li>
<li>出演予定：<a href="http://twitter.com/zengyou">@zengyou</a>さん、<a href="http://twitter.com/kenyou1979">@kenyou1979</a>さん、<a href="http://twitter.com/omakebito2">@omakebito2</a>さん、<a href="http://twitter.com/hryk27">@hryk27</a>さん、<a href="http://twitter.com/ruru_kousen">@ruru_kousen</a>さん（以上メリシャカメンバー）、<a href="http://twitter.com/kyks">@kyks</a>さん、他（出演交渉中です）。</li>
<li>ご意見・ご質問の受付けについて：ご意見・ご質問を受け付けます。テーマは「わたしがお寺に求めるもの」、「お坊さんに聞いてみたいあんなことこんなこと」です。こちらのエントリにコメントするか、当サイトのコンタクトのメール、またはTwitterの<a href="http://twitter.com/yuzuki_m">@yuzuki_m</a>までリプライにてお知らせください。</li>
<li>お坊さんへの質問：お坊さんからのご意見もお待ちしております。当日は参加メンバーにもお答えいただきます！
<ul>
<li>「あなたの考える理想のお寺はどこですか？」具体名をあげていただき、どこが理想的と思うのか教えてください。</li>
<li>あなたが考える理想のお寺になるための三つの条件を教えてください。思いつきのアイデアから壮大な構想までなんでも構いません。理想のお寺はこれがなくちゃ！と思うものを三つ教えてください。　例：「わたしの考える理想のお寺は人がたくさん集まって仏の教えをいただくところ。だから毎日イベントをやって法話を聞けるようにするべき！」など。</li>
</ul>
</ul>
</blockquote>
<p><span id="more-167"></span><br />
<iframe src="http://twubs.com/ajax360/embed/think_otera/?headerBgColor=%231C6485&#038;headerTextColor=%23FFFFFF&#038;" width="625" height="450" frameborder="0"><a href="http://twubs.com/think_otera">#think_otera</a></iframe></p>

]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>トークイベント「イケ僧 meets 雲水」＠「雲水喫茶」に参加します</title>
		<link>http://buddhistlife.net/article/127</link>
		<comments>http://buddhistlife.net/article/127#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 09 Feb 2010 14:09:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>松下 弓月</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>
		<category><![CDATA[イベント]]></category>
		<category><![CDATA[曹洞宗]]></category>
		<category><![CDATA[樋口星太郎]]></category>
		<category><![CDATA[永平寺]]></category>
		<category><![CDATA[雲水喫茶]]></category>

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		<description><![CDATA[

「雲水」的ライフスタイルを発信するウェブサイト「雲水喫茶」が、カフェを借りてはじめての1日限定のリアル店舗を開きます！
そこで雲水喫茶のマスターの一人であり、彼岸寺でもともに活動する法友でもある俳優雲水の星覚（樋口星 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p><a href="http://acalanatha.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/2010/02/unsuicafelogo.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-128" title="雲水喫茶" src="http://acalanatha.sakura.ne.jp/wp/wp-content/uploads/2010/02/unsuicafelogo.jpg" alt="雲水喫茶" width="347" height="229" /></a></p>
<p>「雲水」的ライフスタイルを発信するウェブサイト「<a href="http://unsui.net/">雲水喫茶</a>」が、カフェを借りてはじめての1日限定のリアル店舗を開きます！</p>
<p>そこで雲水喫茶のマスターの一人であり、彼岸寺でもともに活動する法友でもある俳優雲水の星覚（樋口星太郎）とともに、「イケ僧 meets 雲水」というなんともこっぱずかしいトークイベントをさせていただくことになりました。いつもどんなことを考えて生きているか、自分にとって仏教ってなにか？など、一人の仏教徒としてありのままの姿をお話できればと思っております。</p>
<p>また、イベントでは永平寺に伝わる精進料理の伝統的なレシピでつくった「雲水粥」を食べられるランチやドリンク、禅を体感するツアー「OFFの細道」の写真＆映像展示、星覚筆による禅の智慧を学ぶ「雲水の智慧書（ちえがき）」、サイトのキャラクター「うんちゃん＆すいちゃん」のグッズ販売などもあるようです。</p>
<p>ぜひイベントにお越しいただき、また雲水喫茶のサイトにも親しんでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします！</p>
<h3>追記</h3>
<p>トークイベントに彼岸寺の料理僧・KAKUさんも参加することになり、タイトルが「イケ僧 meets 雲水 with 料理僧」になりました。</p>
<p>また、<a href="http://buddhistlife.net/ddmrbouzu">ダダ漏れ坊主</a>の一つとしてUstreamで生中継することになりました。当日は13：30から雲水喫茶の<a href="http://unsui.net/broadcast.html">放送ページ</a>か、Ustreamの<a href="http://www.ustream.tv/channel/unsuicafe">雲水喫茶のチャンネル</a>にてご覧下さい。Ustreamのほうがチャットなどでコメントをつけたりできるので、そちらのほうが楽しいかもしれません。</p>
<h3>雲水喫茶</h3>
<p>日時：2010年2月21日（日）11：00〜15：00<br />
場所：フードセラピーカフェ「<a href="http://blog-imgs-30-origin.fc2.com/f/o/o/foodtherapycafemana/access.html">MANA</a>」（東京都港区虎ノ門３−２０−４・日比谷線神谷町駅より徒歩２分）<br />
詳細：<a href="http://unsui.net/mastar/2010/02/post-156.html">雲水喫茶の告知ページ</a>をご覧下さい。</p>
<p><span id="more-127"></span></p>
<blockquote>
<div>【スケジュール】</div>
<div>11:00  　お店、やります！（開店）</div>
<div>11:30〜  星覚ほかマスターより開店のごあいさつ</div>
<div>13:30〜  公開収録トークイベント「イケ僧 meets 雲水 with 料理僧」※<a href="http://buddhistlife.net/ddmrbouzu">ダダ漏れ坊主</a>のUstreamあり！</div>
<div>15:00  　お店、しめます！（閉店）</div>
<div>【中食ノ献立】</div>
<div>雲水粥と沢庵、MANA風野菜のお惣菜盛り　１０００円</div>
<div>お惣菜はMANAが厳選したおいしい食材を使用。沢庵は永平寺修行僧が漬けた完全無添加の逸品。雲水粥は道元禅師が記した名著、赴粥飯法にのっとった作法で<a href="http://unsui.net/dictionary/s/_saisin.html">再進</a>ができます！</div>
<div>注）お粥と沢庵のみでも召し上がっていただけます（５００円）。</div>
<div>お惣菜盛りは厳選素材の為、３０食限定とさせて頂きます。</div>
<div>【蜜湯ノ献立】(ドリンク)</div>
<div><a href="http://unsui.net/dictionary/a/_awa.html">泡</a>／ぶどう酒／珈琲／紅茶／日本茶／香茶／季節の果物のサングリア　各５００円</div>
<div>【菓子ノ献立】（スイーツ）</div>
<div>みどりまめのココナッツぜんざい　５００円</div>
<div>フードセラピストの手づくりケーキ　５００円</div>
</blockquote>

]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>シンポジウム「仏教文化とコンピューティング」に参加します</title>
		<link>http://buddhistlife.net/article/120</link>
		<comments>http://buddhistlife.net/article/120#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 09 Feb 2010 04:48:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>松下 弓月</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>
		<category><![CDATA[イベント]]></category>
		<category><![CDATA[シンポジウム]]></category>
		<category><![CDATA[京都]]></category>

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		<description><![CDATA[
2010年2月22・23日（月・火）に京都大学にて開催される「第一回　文化とコンピューティング国際会議」のシンポジウム「仏教文化とコンピューティング」にパネリストとして参加します。
「コンピューターによるコミュニケーシ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p>2010年2月22・23日（月・火）に京都大学にて開催される「<a href="http://www.ai.soc.i.kyoto-u.ac.jp/culture2010/index_j.html">第一回　文化とコンピューティング国際会議</a>」のシンポジウム「仏教文化とコンピューティング」にパネリストとして参加します。</p>
<p>「コンピューターによるコミュニケーション技術の変化が仏教にどんな影響を与えているか」をテーマに、メリシャカの雪山俊隆さん、インターネット僧坊の竹内純照さん、ボンズクラブの杉若恵亮さんらパネリストと議論させていただきます。</p>
<p>錚々たる先輩諸氏のなかでどれだけできるかわかりませんが、がんばってまいります。あと前日にUstを使ったイベントを企画中なので、そちらもあわせてぜひご参加ください！</p>
<h3>京都仏教文化フォーラム「<a href="http://www.ai.soc.i.kyoto-u.ac.jp/culture2010/list_of_events_j.html#forum">仏教文化とコンピューティング</a>」</h3>
<p>日時：2010年2月23日（火）10：00〜<br />
場所：京都大学百周年時計台記念館　大ホール<br />
主催：京都仏教文化フォーラム」<br />
料金：参加費：1000円（早期申込なら無料）</p>
<p><span id="more-120"></span></p>
<p>（以下、<a href="http://www.ai.soc.i.kyoto-u.ac.jp/culture2010/list_of_events_j.html#forum">公式サイト</a>より転載）</p>
<blockquote><p>内容</p>
<p>本イベントは，京都文化の基底をなす「仏教文化」を「コンピューティング・コミュニケーションツール」の 視点で世界に紹介しようという企画です．インターネットの普及により生じた新たなコミュニケーション文化は， 社会構造やメンタリティの変化を促しました．この変化は，人と伝統宗教との関わり方にも変容を与えています．<br />
電子写経やデジタル写仏，バーチャル霊園などインターネット時代を反映した仏教文化様式の変容に加え， 最近では，人と人との結びつきや触れ合い，心のよりどころを求める人々の声に応えて，バーチャル寺院としての 会員登録制のSNSを利用したコミュニティ作り，Twitterを利用した若手僧侶たちによる法話中継配信など， 伝統宗教文化の枠組みを超えたコミュニケーションが加速しています．<br />
本イベントでは，ICT時代の仏教文化のイノベーションをドライブする超宗派の若手僧侶たちをシンポジストに迎え， 情報学コミュニティとの接点で，多くの人をつなぎ合わせるコネクターとしての役割を果たすコンピュータ・ ネットワークと仏教文化との関わりを考えます．これにより，人と人の結びつきや触れ合い，心の豊かさを支援するための コンピューティングの可能性と未来を模索します．</p>
<p>講演者<br />
松下 弓月（東寺真言宗・宝善院副住職）<br />
1980年生まれ．国際基督教大学教養学部人文科学科卒業．青山学院大学大学院英米文学専攻卒業．東寺伝法学院にて加行・濯頂．超宗派の僧侶達が集う ウェブサイト「彼岸寺」 の運営に関わる一方，急成長する「Twitter」での発信は他の追随を許さない．</p>
<p>竹内 純照（天台宗・真如堂執事，塔頭・吉祥院住職）<br />
1956年生まれ．1980年代からの「病院法話」，自坊での「めだかの学校」開催など多彩な活動で知られる．「京都・真如堂非公式ホームページ苦沙彌の <a href="http://kusyami.com/">Internet僧坊</a>」を展開．バーチャル懺悔室など，身の上相談やカウンセリングなどの場を提供し，時間的・空間的な隔たりを超えたパーソナル な 結びつきによる結びつきを追及．大学では「コンピューティングによる仏教伝道」講座も．</p>
<p>雪山 俊隆（浄土真宗本願寺派・善巧寺住職）<br />
1973年生まれ．善巧寺住職22世．住職業の傍ら，30年続く児童劇団「雪ん子劇団」の指導や地元ラジオ局でのパーソナリティなどを行う．「お寺座 LIVE」（2006年スタート）などの 取り組みを通じ若者で賑わう「寺」をめざす．インターネットの情報発信にも力を注ぎ，法話音声サイト「ポッドキャスト説法」は登録者数が10万人を超し， ニフティ主催のPODCASTING AWARD 2006で審査員特別賞を受賞．同時期に，お坊さん仲間で仏教エンタメサイト「<a href="http://www.ai.soc.i.kyoto-u.ac.jp/culture2010/list_of_events_j.html#forum">メ リシャカ</a>」を設立． 仏教文化をエンターテイメントとして捉え，サイトによる情報発信を中心に活動中．2009年には同メンバーが企画した「京都×メリシャカナイツ」を連続開 催． 同年12月には「メリシャカライブ」を西本願寺で開催．</p>
<p>杉若 恵亮（日蓮宗・法華寺住職）<br />
1959年生まれ．日蓮宗法華寺35世住職．「出逢いあれば別れあり．別れなき出会いはないが．別れるために出逢うのではない」を信条に．1988年より 毎月開催の 「つきいちボンサンと語ろう会～<a href="http://bonzeclub.net/">ボンズクラブ</a>」を20年以上続けている．主にテレビ・ラジオを通じた発信で人との出逢いを精力的に進めている．</p>
<p>司会<br />
福井 文雄（メディアコンサルタント，真宗大谷派僧籍・教師）<br />
1956年生まれ．幅広いメディアコンテンツ制作をカバーするが，特に，市民メディアといわれる「市民自らが発信するメディア」の分野では日本の先駆者の 一人 （日本初の非営利放送局を設立）．大学卒業後，僧侶の道を進むはずが，道を踏み外し「社会人」に．以来，僧侶生活を夢見るも叶わず齢を重ねる．現在， 「仏教文化」の新しい紹介拠点開設を模索中．</p></blockquote>

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		<title>密教における、社会的活動のための「実践」とは何か</title>
		<link>http://buddhistlife.net/article/102</link>
		<comments>http://buddhistlife.net/article/102#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 05 Feb 2010 10:43:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>松下 弓月</dc:creator>
				<category><![CDATA[仏教生活]]></category>
		<category><![CDATA[エンゲージドブディズム]]></category>
		<category><![CDATA[全青協]]></category>
		<category><![CDATA[公益性]]></category>
		<category><![CDATA[天野こうゆう]]></category>
		<category><![CDATA[密教]]></category>
		<category><![CDATA[津田真一]]></category>
		<category><![CDATA[真言宗]]></category>
		<category><![CDATA[鈴木晋怜]]></category>

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		<description><![CDATA[
先日「仏教にとって社会的活動とは何か」という記事を書きました。内容を簡単にまとめておくと、宗教にとって社会的な活動をすることは必然ではなく、社会的実践を行うかどうかやその方法は教義によって選択されるのであって、社会が宗 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p>先日「仏教にとって社会的活動とは何か」という記事を書きました。内容を簡単にまとめておくと、宗教にとって社会的な活動をすることは必然ではなく、社会的実践を行うかどうかやその方法は教義によって選択されるのであって、社会が宗教に求めるものとは必ずしも一致しない、ということでした。</p>
<p>それではいったい具体的にはどんな宗教のどんな立場がありうるのかについて、もう少し具体的に、わたしもその法灯を受け継ぐ一人であるところの真言密教の立場から考えてみようと思います。</p>
<h3>「祈り」こそ密教の社会的活動である</h3>
<p><span id="more-102"></span></p>
<p>「宗教の社会的活動」について、最近密教の立場から発言された興味深い意見に２つ触れました。ひとつは『拝、ボーズ！！』の天野こうゆう師のご意見です。</p>
<blockquote><p>仏教というくくりで、空海さまの教えを説こうとすると既成概念のブッキョウに負けちゃってヤヤコシクなると私は思う。ならば「密教」を表に立てたいのだけ れど、こちらもイマイチ勘違いされやすい。秘密のなの？怪しいの？なんて言う者も出てくる。でも、仏教ひと括りはヨロシクナイ。</p>
<p>宗派を越えた若い僧侶が集うって何かやろうよ！的な発想は昔からあるのです。越えたからどうなるのか？なんて冷めたこと言おうものなら「アナタに情熱はないのか！」などと学生運動の演説みたいなのを聞かされたりします。同じ宗派でも若いのが集って何かしでかそうとしている時に口を挟むと「信心はないのか！」とどやされます。どちらもかなり面倒なのです。</p>
<p>で、結論は何がしたいのかと問うと表現はどうであれ「社会貢献」というオチになります。社会、世の中の為に我々に出来ることは何か！がテーマで徒党を組むのです。平和、環境、福祉、教育…とにかくお役に立ちたいと唾を飛ばします。</p>
<p>私はこういうのが苦手だから１人です。ただこれも器の問題…顕教とやるからヤヤコシイのです。密教的見地からやればいい。ジョジョとモトモトって話題でも 触れましたが、もっと大きな規模でしっかり祈っているのだから、めざすじゃなくて、もう包み込んじゃっている。わざわざ俗的にアピールせんでもよろしかろうって感覚。社会の一員という間隔も外して、拝む者としての責務。これを自覚して陰ながらやればよい。<br />
<a href="http://www2.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=160505&amp;log=20100130">法話な日記　■2010/01/30 (土) ボクも坊さん。</a></p></blockquote>
<p>もうひとつは、先日Twitterで中継もした「お寺と公益性」シンポジウムでの鈴木晋怜師（智山伝法院教授・全青協専門委員）のご意見です。シンポジウムのパネルディスカッションで議題の一つとして上げられていた「寺院の公益性をどう定義するか」に答えてのものです。<a href="http://buddhistlife.net/article/10">当日のTwitter中継</a>から引用してみます。</p>
<blockquote><p>鈴木: 全青協で研究員。智山派でも研究員で教団がいかに現代社会に関わるか研究している。寺院の住職としての立場から話したい。保守的な面を強調する。 #otera posted at <a href="http://twitter.com/yuzuki_m/status/4649773189">15:41:02</a><br />
鈴木: 寺院の公益性を議論する際には、それがないということが前提。開かれていなければ公益性を認められないのではという危惧・強迫観念がある。寺院住職として は「社会に開かれた活動をすること」がイコール公益性ではない。お寺なんだからお寺としての公益性に拘るべき。 #otera posted at <a href="http://twitter.com/yuzuki_m/status/4649812401">15:44:24</a><br />
鈴木: 一般法人とは違う。宗教的なもの(基本は毎日祈っているというこち)にもとずくべき。祈りは個人に収まるものではなく、檀家や地域や世界という自分を超えたところまでつながるものだから公益性を持っていると言える。 #otera posted at <a href="http://twitter.com/yuzuki_m/status/4649837869">15:46:32</a><br />
鈴木: なにか大きなもの(サムシンググレート)とのつながりを通して個人を超えられる。宗教的な実践としての祈りは個人と公共という両方のレベルで有効な行為 だ。まずは自己の祈りの真摯さが問われるべき。伽藍が締め切られていてもひたむきな祈りがあれば公益性は充分ある。 #otera posted at <a href="http://twitter.com/yuzuki_m/status/4649871001">15:49:20</a></p></blockquote>
<p>天野師は密教の立場から、鈴木師はあくまでも一般的な寺院という立場からの発言で、多少立場に違いはあるもののお二方とも真言宗の僧侶なので、基本的に同じ真言密教の教義に基づいて発言されていると考えて良いでしょう。お二人に共通するのは、密教の立場からは個人の利益を超えた祈りを捧げることこそが社会的な活動であるということです。つまり、社会的な活動をするとしても、たとえばホームレスなどに炊き出しをしたりせずとも、日々寺院のなかですべての人々が幸福になるようにとか祈りを捧げれば良いのだということですね。</p>
<p>国を守るための仏教として日本と中国で広まった密教にとって、この祈願による社会貢献という視点はとても大切です。たとえば中国に密教が広まる上でとても大切な役割を果たした不空三蔵が三代皇帝に寵愛を受けるようになったのも、国家的危機に発展した安史の乱を密教修法によって平定したことがきっかけです（参照：加藤大道［伝法院住職］「<a href="http://www.denpouin.com/reports/11.Chyuugokumikkyou_ni_okeru....html">中国密教における不空三蔵の意義</a>」）。また、真言宗の開祖・弘法大師空海は国の安定と発展を祈願する<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%8F%B2%E3%81%AE%E4%B9%B1">後七日御修法</a>［ごしちにちみしゅほう］を真言宗の修法の中でも最大のものと位置づけています。（空海ははやくから社会的な事業に取り組んでおり、灌漑事業や教育機関の創設といった社会的な活動もしていますが）。</p>
<h3>経典上の根拠はどこにあるか</h3>
<p>それでは密教ではなぜ「祈る」ことが「社会的な貢献」になるのでしょうか。真言宗の中心的な経典の一つ『金剛頂経』に一つの答えが書かれています。津田真一『和訳　金剛頂経』のいささか長く難しい解説文ですが、非常にカッコいいので引用してみます。</p>
<blockquote><p>歴史上のブッダ、釈迦牟尼如来となる釈迦族の王子シッダールタ（悉達太子［しっだたいし］）の密教的表現である一切義成就菩薩［いっさいぎじょうじゅぼさつ］（サルヴァールタシッディ）は、なすべき難行をなし了え、「菩提道場に坐して」、「無動三昧」に入り、いまや成道直前の状態にある。一個の人間である一切義成就菩薩＝悉達太子のこの状態に対応してその本所・色究竟天［しきくぎょうてん］より（しかも毘盧遮那［びるしゃな］を取り囲んで）降下してきた＜一切の如来たち＞は、一切義成就菩薩に対してその姿を示現し、いかにその様に難行を行じたとて＜一切如来の真実＞を知っていなければ成道しえない（逆に、それを知るなら、その様な難行を経ずとも、即身に成仏し得る）、と言って菩薩を驚覚する。驚覚されて菩薩は我にかえり、「では、どのようにすれば、どのような真実に通達し得るのですか」、と、その方法と真理の命題そのものを問う。それに対して＜一切の如来たち＞は、「通達せよ、＜自己の心を各各に観察する三昧＞によって、（すなわち）本性成就の（発菩提心）真言を好きな回数だけ誦することによって」と教えるのである。</p>
<p>……</p>
<p>『大日経』は、菩提とは何か、と問い、それに対して自ら「菩提とは如実に自心を知ることである」と答える。では「如実に自心を知る」とは？　『大日経』は、華厳の修道論を正統的に受けつぎ、それを「百千万億無量劫に福徳と智慧の無量の資糧を積集すること」である、とする。「福徳と智慧の資糧」とは、まさに上に述べた利他の直接的プラクシスのことに他ならない。『金剛頂経』は他のもの（シンボル）を以ってしてはそれに替え得ない筈のそのプラクシス（菩薩行）の無量劫に亘る継続を、＜オーム、われは（自）心の（源底）に通達せん＞という真言（非直接的なシンボルとしての…）をしかも、好きな回数だけ誦する、というシンボル操作で代替しようというのである。しかもさらに驚くべきことに『金剛頂経』の作者（それを人間とみる＜閉鎖系＞の立場からいうなら）は、自らそれが可能であるか否かを問題にし、且つ、真言というシンボルそれ自体の本性からしてその権能がある（prakrtisddha　本性成就）のだという根拠の意識からして、その代替は可能なのだ、と言ったのである。<br />
津田真一編・訳『和訳　金剛頂経』東京美術、1995年、224〜7頁</p></blockquote>
<p>一言で述べれば、密教の理論においては「象徴的な操作を行うことで実際の行動を代替できる」と述べられています。つまり、密教教義上では世界平和や社会の安定を祈願する修法を行うことと、それを実現するために実際になんらかの行動を起こすことはイコールなのです。密教のこのような立場が社会的に受け入れられるものなのか、また信仰上実践可能なものなのか、など別の問題はあるものの、先にあげた天野こうゆう師、鈴木晋怜師の立場は理論的にも裏付けられていると言えるのではないでしょうか。</p>
<p>信仰に基づいて行動をするときには、少なくともこうした教義上の裏付けが必要です。社会的活動をすることはとても立派なことだと思いますが、教義的な裏付けと信仰上の意義を確認しないままでは方向性がブレたりや活動そのものが自己目的化して行ってしまうことも考えられます。「本来のお寺は○○だったから、それを今に取り戻すのだ」というような曖昧な理由付けではなく、きっちりと教義的な検証を行うことも必要になっていくのではないでしょうか。</p>

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		</item>
		<item>
		<title>仏教徒的に正しいお酒の断り方</title>
		<link>http://buddhistlife.net/article/98</link>
		<comments>http://buddhistlife.net/article/98#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 28 Jan 2010 09:35:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>松下 弓月</dc:creator>
				<category><![CDATA[仏教生活]]></category>
		<category><![CDATA[twitter]]></category>
		<category><![CDATA[不飲酒戒]]></category>
		<category><![CDATA[戒律]]></category>

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		<description><![CDATA[
先日、Twitterで仏教的に正しいお酒の断り方を尋ねたところ、様々なお答えをいただきました。その中にこれからお酒を断るならこれだな、と思った名回答がありましたので、記録の意味もかねてエントリーにしておきます。
その答 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p>先日、Twitterで仏教的に正しいお酒の断り方を尋ねたところ、様々なお答えをいただきました。その中にこれからお酒を断るならこれだな、と思った名回答がありましたので、記録の意味もかねてエントリーにしておきます。</p>
<p>その答えとはこちら。</p>
<blockquote><p>「医者（医王＝釈尊）に止められている ので。」嘘にはなりませんw RT @yuzuki_m 【緩募】お酒の上手な断り方。<br />
from naagita <a href="http://twitter.com/naagita/status/7783644673"> 7:48 PM Jan 15th   from web</a></p></blockquote>
<p>教えてくださったのは、日本テーラワーダ仏教協会の<a href="http://twitter.com/naagita">佐藤哲朗</a>さん。さすがに仏教徒的に押さえておきたいツボを外さない名答だと思います。ぜひ今後は使っていきたいと思いましたので、ここから少し仏教徒的に押さえておきたいツボをいくつか考えてみました。</p>
<p><span id="more-98"></span></p>
<h3>ポイント1：ウソはつかない。</h3>
<p>仏教徒として戒律を守りたいと思って飲酒を断っているわけですから、たとえ同じ病気路線で断るにしても「肝臓が悪いから」などの具体的な理由を挙げてしまうと、ウソをつくことになってしまいます。それじゃあ「医者」というのは良いのかという話になるかと思いますが、仏教的には人の苦しみを癒す医者のなかでももっとも優れているのが医王であるところのお釈迦様、という位置づけになるのでまったく問題はありません。</p>
<h3>ポイント2：飲みニュケーションの土俵に乗らずともすむ。</h3>
<p>また、「車で来ているから」とか「今日は予定がある」のように問題を先送りする断り方ですと、「じゃあ代行で帰ればいいじゃないか」とか「次は飲めよ」とか、果ては「俺の酒が飲めないのか」的飲みニュケーションを迫る人もいたりして、どうにも断る理由として弱いものがあります。相手に医療措置上理由と言う誤解を与えてしまうことになるとはいえ、体に悪いとなればさすがに罪悪感も手伝って無理やり勧める人も少なくなるのが良いところです。</p>
<h3>ポイント3：信仰上の理由であるところをそれとなく伝える。</h3>
<p>また、異なる信仰を持っている方にも、できれば自分が信念に基づいて行動しているところを見せておきたいところ。かといってそれを全面的に押し出すのも無粋になってしまうので、お医者さんというオブラートに包みつつそれとなく「お釈迦様＝医王」と知っている人には伝わる可能性もあるという非常に紳士的かつそのあたりがわかっていればさらに深い話に持っていくことも可能です。</p>
<p>と、簡単に仏教徒的に正しいお酒の断り方を考えてみました。いかがでしょうか。どうしても断りにくい場合には、このような答え方をされてみてはいかがでしょうか。</p>

]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>仏教にとって社会的活動とは何か</title>
		<link>http://buddhistlife.net/article/94</link>
		<comments>http://buddhistlife.net/article/94#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 27 Jan 2010 08:31:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>松下 弓月</dc:creator>
				<category><![CDATA[仏教生活]]></category>
		<category><![CDATA[がんばれ仏教]]></category>
		<category><![CDATA[エンゲージドブディズム]]></category>
		<category><![CDATA[タイ仏教]]></category>
		<category><![CDATA[プッタタート比丘]]></category>
		<category><![CDATA[仏教]]></category>
		<category><![CDATA[葬式仏教]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://buddhistlife.net/?p=94</guid>
		<description><![CDATA[
机の上に溜まっていた資料などを整理していたら仏教タイムスの新年号を発見しました。中外日報とならぶ二大仏教新聞のひとつです。とりいそぎ片付けを中断して読んだところ、特集として2ページにわたって大々的に掲載されていた、自殺 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[
<p>机の上に溜まっていた資料などを整理していたら仏教タイムスの新年号を発見しました。中外日報とならぶ二大仏教新聞のひとつです。とりいそぎ片付けを中断して読んだところ、特集として2ページにわたって大々的に掲載されていた、自殺対策や貧困問題といった社会的活動に携わる若手僧侶の座談会がなかなか興味深いものでした。宗教と社会的活動の関係はこのところ気になっていたテーマでもありますので、この記事をとっかかりに少し宗教にとって社会的な活動にどんな意味があるのか考えてみました。</p>
<h3>寺院と社会との距離感</h3>
<p>座談会に出席していたのは、浅草で生活困窮者に毎月二回炊き出しを行っている「ひとさじの会」、手紙による自殺対策活動に取り組む「自殺対策に取り組む僧侶の会」、そして巣鴨で高齢者のつながり作りのためお話の会を開催する「法話研鑽会」の四名の僧侶です。具体的な活動の内容とどんな反応があったのか、またなぜこうした活動を始めたを中心に話されていたのですが、実際の活動をしたなかで感じたという以下のようなお寺と社会の距離感は私自身も日ごろ感じているものでもありました。</p>
<p><span id="more-94"></span></p>
<blockquote><p>『一般の方々の僧侶への視線は、「葬儀や法事をやっているだけ」というものが非常に多くて、「相談なんか持ちかけてはいけないのではないか」と思っている方が大半のほうに思います。実際にご自坊にいらっしゃるご住職は、「いつでも相談を受ける」というスタンスかもしれませんが、お寺が”安心して悩める相談窓口だ”という認識は、すでに社会では失われているのではないでしょうか』<br />
「青年僧侶新春座談会　現世の苦に立ち上がる」『仏教タイムス』2010年1月1日、2381号、2−3頁。</p></blockquote>
<p>僧侶であることを明らかにしてネットにいるとたまに仏教に対する厳しい意見をぶつけられることがあるのですが、なかでもよく言われるのがこうした葬式仏教批判です。たとえば「僧侶の本当の仕事は社会貢献なのに葬儀や法事ばかりしている」とか。仏教の本分から外れてあまりに葬儀や法事ばかりしているという点では当たっている点もあると思いますが、それじゃあ何をすれば良いのかという部分でいささか見当違いの方向性に答えを見出しがちかと。ここで言われているようなお寺と社会との距離感が大きな原因でしょうが、普段関わっていないもののあるべき姿とかなにを根拠に答えを出すのかと。要望を伝えることと、相手のあるべき姿を考えることは別なわけですね。</p>
<h3>宗教にとって社会的活動は必然ではない</h3>
<p>そもそも宗教一般にとって、とくに仏教においても、社会的な活動を行うことは必ずしも選択されるべきこととは限りません。あくまで優先されるのは教義ですし、慈善活動をするために信仰をしているわけではないのです。信仰する教義に基づいて、その教義が目指すところを成し遂げるべく実践の方法も選択されるわけです。だから、炊き出しや悩み相談といった社会的な実践に携わることを選ぶ宗教もあれば、それを選ばない宗教もあるわけです。</p>
<p>仏教でも、もともと目指していたのは社会を捨て悟りのみを目指した修行生活に専心することでした。たとえばタイ仏教あり方を解説した『タイ仏教入門』では、仏教の僧侶が修行のためにつくる集団「サンガ」の目的は、あらゆる社会的なものごとから隔絶された環境を修行者に与えるためと書かれています。</p>
<blockquote><p>安定的生活の保証という、修行のための基礎的条件についで、サンガがその成因の利益のために確保するところのものは、世俗界から絶縁された超俗的環境である。サンガのなかに身をおく時、人は修行のさまたげとなるいっさいの人間的なきずなを絶ち切って、ひとり、自己とのみ対決することが可能となる。この意味において、サンガはきびしい外気をさえぎって冬季にも暖地の草木を開花結実させる「温室」に似ている。サンガの人は、俗界の存在を顧慮することなく、修行に全力を傾注することができる。そこは、世人の幸福と無縁な徹底した個人主義者がむしろ賞賛される社会である。俗界の事象に心奪われるものがさげすみを受ける世界である。われひとり浄しとする者がかえって尊敬を受ける稀有の場所である。<br />
石井米雄『タイ仏教入門』めこん、1991年、86頁。</p></blockquote>
<p>仏教では、苦しみが生まれるのはこの世界のあらゆるものは常に変化して永遠不変のものは何一つなににも関わらず、そのことに気付かず自分の思い通りにしたいと物事にとらわれる心からと考えます。だから、苦しみの原因となっている執着する心を解体していくために、世俗的な物事から切り離された環境に身をおくべきだという話になってくるわけですね。ですからサンガでは、修行の妨げになる俗世間に関わるすべてから距離をおいて、自分の修行だけに専念することが教義として正しいことなわけです。</p>
<h3>仏教の教義における社会活動の意味</h3>
<p>というわけで、宗教者が社会的な活動を行うならば教義的な裏付けが欠かせないわけですが、どうも社会からはもちろん宗教者の側からもこの点についてあまり明確な裏付けを行っているケースは少ないように思います。今回の記事でこうした点に触れられていたところを抜き出してみれば以下のような感じです。</p>
<blockquote><p>「貧困の現場には、牧師さんが圧倒的に多かった。救いを求めたときに牧師さんしかいないというこは、貧困の現場には宗教の選択肢がないということになります」<br />
「本来お寺は、交流の場所であり、炊き出しとか悩み相談、行政窓口の紹介も昔は全部やっていたんですよね」<br />
「青年僧侶新春座談会　現世の苦に立ち上がる」『仏教タイムス』同上</p></blockquote>
<p>宗教の選択肢を提供するというのは援助を理由に信仰を求められることがなくなるようにするという意味でも重要だと思うのですが、二つ目の「本来のお寺は云々」というのは最近お寺で毛色の変わった活動をするときに真っ先に上げられる理由付けではあるものの、伝統的なお寺が仏教本来のあり方とどの程度距離があったのかについて検証しないままではいささか理由付けとしては弱いように感じます。そもそも教義的にどうなのかという話が記事ではいっさい無いというところも含めて、僧侶自身も明確な根拠に基づいて実践することの重要性をあまり意識していないのではないでしょうか。</p>
<p>さきほど世俗から隔絶された環境で修行に専念することが大切としたタイ仏教では近年社会的な活動に携わることの重要性を説く仏教（エンゲージドブディズムと言います）が広まっているのですが、非常に保守的なタイ仏教界にあって180度異なる方向性を打ち出すにあたっては教義的にも明確な位置づけがされているようです。名古屋大学准教授で日本仏教の福祉活動ついて研究もしているランジャナ・ムコパディヤーヤは、エンゲージドブディズムの代表的指導者でありタイ仏教の革新運動に大きな影響を与えたプッタタート比丘の教義的な裏付けについて以下のように解説しています。</p>
<blockquote><p>プッタタートは資本主義とそれに結びついた自由主義的民主主義も、またマルクス主義・共産主義も、人間の物質的利益を心の開発に優先させることによって、民衆の自己統治、自己開発を妨げてしまうとして退け、仏法に基づいた共同型の「社会主義的民主主義」体制を提案した。プッタタートがいう仏法的社会主義とは、資本主義や共産主義が優先する特定の人々の利害ではなく、仏法に基づいて社会の利益を守る体制であり、共同体全体の反映と平和の実践を追求するというものである。この仏教共同体の理念は「縁起」、「報恩」「中道」などの教えに基づくものである。例えば、プッタタートは人間は自然や社会から様々な恩を受けながら生かされているので、それに報いることは人々の社会的義務であり、社会への恩返しすることで仏教が目指す無我に達することができるとしている。このように、プッタタートの仏教解釈においては人々の社会的義務・社会貢献活動に宗教的意味合いがつけられたのである。<br />
ランジャナ・ムコパディヤーヤ「社会参加仏教（エンゲイジド・ブディズム）ーアジア仏教徒の社会的行動そして日本仏教の可能性）『現代宗教2009』秋山書店、2009年、80−1頁。</p></blockquote>
<p>仏法的社会主義というのは仏教がほど国教となっているタイならではという点もあると思いますが、このように教義的な裏付けがなされてはじめてそれが正しいいかどうかについても議論ができるようになります。寺院と社会の間の関係はどのような形としてあるべきかを考える上でも、仏教の教義を社会的に位置づけていくことは大切なことです。</p>
<p>近年『がんばれ仏教』などのように外部からの「お寺を開くべき」という声に答えようとしてきた仏教界ですが、今後は教義に立ち返ってお寺のあり方やその実践方法についても検討し理論化して行くべきではないかと思うわけです。</p>
<h3>追記（2/9）</h3>
<p>その後、教義的にいかに裏付けするかという問題は戦前から解決されないままだというご指摘をいただきました。<a href="http://twitter.com/naagita">佐藤哲朗さん</a>のツイートを引用しておきます。</p>
<blockquote><p>木村泰賢「総じて仏教運動に欠けている大事な要素がある。即ちそれは思想的立脚地の確定し居らぬことである。換言すれば仏教運動と称しながら実は仏教思想をいかように体系づけ、之をいかように現代的に実現するかの根本方策を欠いて、（続く） <a rel="bookmark" href="http://twitter.com/naagita/status/8281040036"> 11:35 PM Jan 27th </a> from web</p>
<p>(承前）ただ漫然と仏教主義とか仏陀の精神に基づいてとかいうが如き表幟を以てすることである。」（『祖国　PATRIA ET SCIENTIA』創刊號　學苑社　S3.10.1）これ、戦前からの宿題です。シャンティ（旧SVA）のような実績から汲み取る必要も。 <a rel="bookmark" href="http://twitter.com/naagita/status/8281265564"> 11:41 PM Jan 27th </a> from web</p>
<p>タイでは社会参画仏教の理論化が国策の後押しで進んだし、スリランカやビルマでは反植民地運動の中で鍛えられました。日本は明治廃仏後の失地回復が優先で同時に色んな課題に対応しなければならないしんどさはあったと思います。拙著もご参照下さいw <a rel="bookmark" href="http://twitter.com/naagita/status/8304435795"> 10:54 AM Jan 28th </a> from <a rel="nofollow" href="http://www.atebits.com/">Tweetie</a> <a href="http://twitter.com/yuzuki_m/status/8303331594">in reply to yuzuki_m</a></p></blockquote>
<p>このあたりの歴史的な経緯を把握するためにも、佐藤さんの『大アジア思想活劇』を読んでおいたほうが良さそうです。積ん読したままになってるので、はやく読もう（すみません…）。</p>
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		<title>人の信仰を笑うな　『仏陀再誕』について</title>
		<link>http://buddhistlife.net/article/49</link>
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		<pubDate>Wed, 18 Nov 2009 11:50:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>松下 弓月</dc:creator>
				<category><![CDATA[仏教生活]]></category>
		<category><![CDATA[仏陀再誕]]></category>
		<category><![CDATA[大川隆法]]></category>
		<category><![CDATA[幸福の科学]]></category>

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先日幸福の科学の映画『仏陀再誕』を観てきた。普段であれば上映館数も少なく幸福の科学信者だけのものとして一般人の話題になることもなくひっそりと公開されるのだろうが、どうも今回は様子が違う。地上波テレビでのCMを流したり宣 [...]]]></description>
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<p>先日幸福の科学の映画『仏陀再誕』を観てきた。普段であれば上映館数も少なく幸福の科学信者だけのものとして一般人の話題になることもなくひっそりと公開されるのだろうが、どうも今回は様子が違う。地上波テレビでのCMを流したり宣伝用DVDを秋葉原で配るなど、宣伝にとても力を入れている。上映規模にしても、この夏最大の話題作の一つだったエヴァ破を大きく上回る上映規模だったようで、この映画にかける教団の本気度が感じられる。さすが、衆院選の供託金に数十億を費やそうとも何でもないという宗教界のトヨタ、だろうか。</p>
<p>さらにこのところ幸福の科学自体に注目が集まる状況にもあって、でもずいぶんこの映画に興味を持っている人も多い。注目を浴びることになった最大の理由は、幸福実現党を設立し多くの候補者を送り込みながら迷走を重ねたあげく一人の当選者も出せなかった夏の総選挙だろう。全国すべての選挙区に候補者を立て大川隆法自らも出馬し政見放送で大演説をするなど、絶大なインパクトを残しながら当選者ゼロという驚きの結果を残している。</p>
<p>映画自体としても、ブッダの再誕という仏教の根本をまったく理解していないかのようなストーリーが各方面でそれなりに議論を巻き起こしている。幸福の科学の信者でなくてもネタとしてもわざわざ見に行った人がいるようで、少し検索すればこの映画にツッコミを入れるブログがいくらでも見つかるだろう。</p>
<p><span id="more-49"></span></p>
<p>話題のストーリーは、女子高生小夜子が知り合いの自殺をきっかけに霊的な世界に目覚め、ブッダの生まれ変わりである空野太陽という宗教教団TSI（＝幸福の科学）の指導者の導きのもと、自分がブッダの生まれ変わりであると騙り救いと引き換えに自らへの絶対的な服従を要求する荒井東作を打ち破るというもの。映画で描かれる幸福の科学の世界観や信仰について考えながらであれば、信者でなくとも最後まで楽しんで観られるだろう。権力欲にまみれたニセブッダの名前が「荒井東作」だったり、最終的に空野と対決する悪魔がなぜか総髪で青い衣を着た僧侶として描かれるなど（モデルは真言宗中興の祖・覚鑁がモデルという説もある）、幸福の科学が何を敵として捉えているかも垣間見えた点も興味深かった。</p>
<p>仏教徒としては、ブッダに関する描写に受け入れがたい点が多かった。例えば、空野として生まれ変わったブッダが「諸々の比丘、比丘尼たちよ」と人々に呼びかけるシーン。弟子たちと将来仏国土を建設するという約束を果ために復活したのだと語りかけるわけだが、仏教徒にとって一番大切な存在がこのような形でまったく異なる文脈の中に取り込まれ、自説を補強する素材として利用されることは実に堪え難い。正直言って、このシーンには強い嫌悪感を感じた。空野が荒井を批判する「自分の権力欲を満足せんがために、小さな知でブッダの教えをねじ曲げるな」というセリフは、大川隆法が自分自身に向けて発するべき言葉だろう。</p>
<p>しかし、こうした映画の教義的な是非を巡る議論を離れたところで、大いに共感する点もある。それは大川隆法が語る荒唐無稽な世界観を多くの人々が信じた原因だろう、人から気持ちを理解されない疎外感と自分ではどうしようもないほど大きな苦しみだ。映画の主人公・小夜子の境遇に、多くの幸福の科学信者が社会に対して苦しんでいる自分を救ってくれなかった社会に対する恨み言に満ちた世界観を見てとることができる。</p>
<h3>孤立して苦しむ人々</h3>
<p>『仏陀再誕』主人公・小夜子は（おそらく）仏教系高校に通う女子高生。父親が医者で家庭も裕福だし、ジャーナリスト志望で熱心に活動する新聞部では評価も高く、友達にも羨まれるカッコイイ大学生の彼氏もいる。なんの不満もない充実した人生を送っているようだが、物語が進むにつれて実はそうでないことがわかってくる。</p>
<p>同級生たちは彼氏がいることを実は嫉んでいるし、新聞部の仲間も一緒に行く約束をしたのに彼氏とのデートを優先して小夜子にたった一人で荒井東作の怪しい宗教団体に取材に行かせたりする。表面的に友達関係づきあいをしているだけなのだ。また家族も小夜子が思い切って打ち明けたことを、バカバカしいと頭ごなしに否定して真剣に聴こうとはしない。やっとのことで射止めた憧れの彼氏も、彼女に隠し事（宗教活動）をしていて本心を打ち明けてはくれない。</p>
<p>小夜子は、周囲の人間だれともつながりあうことができないのだ。このディスコミュニケーションに苦しむ小夜子というキャラクターは、幸福の科学の信者にとってとても共感しやすいものだろう。どちらも周囲の人々との関係性が断ち切られていることに苦しんでいるのだ。</p>
<h3>差し伸べられることのない手</h3>
<p>しかも、そのような苦しみにある小夜子を社会は蔑みあざ笑いのけ者にしてきた。劇中で悪役として描かれるキャラクターに、弱い立場にある自分たちがいかに不当に扱われてきたと思っているかが明らかだ。</p>
<p>一人は小夜子があこがれだったという新聞記者だ。彼は幸福の科学の霊的な世界観を非科学的だと否定するインテリとして描かれており、小夜子が見いだしつつある霊的な世界をとるにたらないつまらないものとして否定する。そんなものは弱いものが自分の弱さを覆い隠すために作り出した戯言にすぎないと。</p>
<p>もう一人は苦しみからの開放と引き換えに自分への絶対服従を強要する荒井東作だ。たとえ霊的な世界観を認めていても、それが救いにつながるとは限らない。注意して「正しい」指導者を選ばなければ、教祖の欲求を満足させるための材料として使われてしまう危険性があるのだ。</p>
<p>正しいかどうかは別として、小夜子の置かれているこうした境遇が幸福の科学信仰を選んだ人にとって、共感のできる世界観なのだろう。苦しさを訴えても社会的にも宗教的にも手をさしのべてくれる存在はどこにもいないと、彼らは絶望しているのだ。</p>
<h3>「正しい教義」が与える痛み</h3>
<p>幸福の科学を荒唐無稽な物語として批判する人は多いが、教義の論理的な矛盾を指摘し非難することでは彼らの持っている苦しみをさらに深めることにしかならない。彼らはすでに充分否定され無視されてきているのだ。幸福の科学の教義がどれほど奇怪で根拠に欠けるものか証明しても彼らには届かない。人間は痛みを感じればそれを誤魔化すことを考える生き物だ。否定されれればされるほど、悪魔の陰謀など新たに理屈をねつ造して教義の論理に回収し、現実から目をそらすだけだろう（仏陀再誕が教義的に不可能と気付き、弥勒仏が替わりの存在として浮上しているのだとか）。</p>
<p>たしかに幸福の科学の教義において語られることは信じがたいことばかりだ。教義的な側面を追求したくなる気持ちもわかる。イエスもブッダもあらゆる偉人はすべて九次元宇宙の最高霊であるエル・カンターレの化身だというのだから、宗教としての節度も欠くし物語としても陳腐だ。傍から見れば誇大妄想としか言い様がない。しかし、なぜ彼らはこのような物語に縋らなければならなかったのか。それこそが最も重要な点だ。</p>
<p>それは彼らが社会的には解消しえない大きな苦しみを抱えながらも、誰にも救ってもらうことのできなかったからだろう。結局、そんな状況にあっても手を差し伸べてくれたのは、幸福の科学と大川隆法しかいなかったのだ。彼らの抱える苦しみとその原因を顧みることもせずに、教義的な誤りを批判したりカルトといってあざ笑うことのどちらも彼らの苦しみを無視し、踏みにじることに過ぎない。</p>
<h3>苦しみに共感を</h3>
<p>教義が正しければ救われるのか？　すでに正しい教義があるなら、なぜいまだに彼らは救われないのか。正しい論理だけで人は救われない。誰からも手を差し伸べられることがない人生を送ってきた人に、苦しむ人を救うためにあらゆる言葉を尽くし何かを与えようとする人がいれば、信じようとするのは自然なことではないだろうか。</p>
<p>『仏陀再誕』の本質的な意味をとらえようとするならば、ブッダどうこうのレトリックではなく、そこで発されているメッセージを見極めなければならない。大川隆法が発するのは、社会から嘲笑われ蔑ろにされてきた人に向かって「それでもあなたは尊い存在なのだ。私はあなたを幸福に導くために、生涯を賭していく」というものだ。</p>
<p>このメッセージに、正しい教義をぶつけたところでなんの意味があるだろうか。正しさに心を切り刻まれれば、心をさらに固く閉じるだけだ。彼らも私たちと少しも変わらない苦しみを抱えて、精いっぱい生きているのだ。彼らになにか伝えようとするならば、まず彼らの出発点である苦しみに共感しなければ始まらない。</p>
<p>だから私は言いたい。信じるものは違っても、なにかに苦しんでいることは同じだ。苦しみを抱えるものとして、あなたの苦しみを教えて欲しいのだと。</p>

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