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	<title>Buddhistlife.net &#187; ブッダ</title>
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		<title>輪廻しない世界の仏教</title>
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		<pubDate>Mon, 14 Sep 2009 13:17:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>松下 弓月</dc:creator>
				<category><![CDATA[テキスト]]></category>
		<category><![CDATA[ブッダ]]></category>
		<category><![CDATA[津田真一]]></category>
		<category><![CDATA[涅槃]]></category>
		<category><![CDATA[解脱]]></category>
		<category><![CDATA[輪廻転生]]></category>

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			<content:encoded><![CDATA[<p>仏教における救いとは、永遠に続く生まれ変わりの連続（＝輪廻）から抜け出すこと（＝解脱）だ。生まれ変わって人生をやり直せるというなら、むしろ嬉しいことのように感じられるかもしれないが、この輪廻というのはヤクザの組織みたいなもので、一度入ってしまったら自分の都合で簡単に抜け出すというわけにはいかない。とても良い条件に生まれて最高の生を享受しているならまだしも、ひどい条件に生まれて一緒を苦しんで過ごさなければならないこともある。動物や虫、ひどいときには地獄で鬼にいたぶられることだってある。しかも、どんなに良い生であっても、結局は年を取り病にかかり最後には死という苦しみが待っていることに変わりはない。この生まれ変わりを何度も何度も、それこそ永遠にくり返さなければならないのだとしても、それを良いことと言えるだろうか。ブッダはこの永遠に続く生の連鎖を目の前にして、どうにかそこから解き放たれる方法を見つけ出そうと試みて、ついにはそれを発見した。容易には抜け出せないこの檻からの脱出方法を見いだしたから、ブッダとその教えは尊いのだ。</p>
<p><span id="more-7"></span></p>
<p>こうした輪廻に基づく生まれ変わりという考え方は、まがりなりにも仏教国として千年以上の歴史を持つ日本では誰もが耳にしたことがある一般的な概念だろう。世界最古の長編小説とも言われる『源氏物語』や妻夫木聡主演で映画化された三島由紀夫の『豊穣の海』など、生まれ変わりをテーマにした物語は今も昔も日本人にとってごく身近なものと言える。また現実生活においても葬儀や法事の場で「浄土に行けますように（つまり、この世界から浄土に生まれ変わりますように）」と祈ることは、なんら違和感を感じない行為であったであろう。</p>
<p>しかし、ここ数年で物語としてはともかく現実世界において「生まれ変わり」を信じる人の数はかなり少なくなっているようだ。2008年に読売新聞が行った調査では、何らかの信仰を持つと答えた割合が26％に留まったのに対し、72％が信仰を持たないと答えたという。同調査での死後に関する質問には最も多い30％が「生まれ変わる」と答え、24％が「別の世界に行く」、18％が「消滅する」と答えたそうだ。この数が多いのか少ないのかはともかく、「生まれ変わる」ということが自分自身たちの身に起こることとしてごく当たり前に受け止められていた時代は終わったということだろう。</p>
<p>だとすれば、ブッダとその教えは「輪廻」という世界観を共有しない現代の日本人にとって、いったいどんな意味があるだろうか。仏教の目指すいわゆる「涅槃」とは輪廻から抜け出し完全に消滅することであり、先ほどの調査によればすでに18％の人たちはこの苦しみを共有してはいないのだから。輪廻という世界観を持たない人たちにが持つ苦しみの形は、輪廻という世界観を持つ人間のそれとは根本的に異なるのではないだろうか。この18％の人たちに輪廻を説きそこからの解放を掲げても、それはマッチポンプとしか言いようがない。</p>
<p>密教学者の津田新一はブッダの教えは輪廻という世界観があったからこそ生まれた考え方だとして「四諦でも十二因縁でもいい。或いは、苦楽中道でもいい、お釈迦さんの根本的な教説だとか、悟りの内容だとかされている説はすべて輪廻という、世界の絶対的な現相を前提としてはじめてでてくる」（『反密教学』春秋社、2008年、79頁。）と説いている。輪廻という世界観が私たちに対する拘束力を失ったとき、仏教はなにを説けば良いのだろうか。</p>
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