密教における、社会的活動のための「実践」とは何か
先日「仏教にとって社会的活動とは何か」という記事を書きました。内容を簡単にまとめておくと、宗教にとって社会的な活動をすることは必然ではなく、社会的実践を行うかどうかやその方法は教義によって選択されるのであって、社会が宗教に求めるものとは必ずしも一致しない、ということでした。 それではいったい具体的にはどんな宗教のどんな立場がありうるのかについて、もう少し具体的に、わたしもその法灯を受け継ぐ一人であるところの真言密教の立場から考えてみようと思います。 「祈り」こそ密教の社会的活動である ... Read More
仏教にとって社会的活動とは何か
机の上に溜まっていた資料などを整理していたら仏教タイムスの新年号を発見しました。中外日報とならぶ二大仏教新聞のひとつです。とりいそぎ片付けを中断して読んだところ、特集として2ページにわたって大々的に掲載されていた、自殺対策や貧困問題といった社会的活動に携わる若手僧侶の座談会がなかなか興味深いものでした。宗教と社会的活動の関係はこのところ気になっていたテーマでもありますので、この記事をとっかかりに少し宗教にとって社会的な活動にどんな意味があるのか考えてみました。 寺院と社会との距離感 座談会に出席していたのは、浅草で生活困窮者に毎月二回炊き出しを行っている「ひとさじの会」、手紙による自殺対策活動に取り組む「自殺対策に取り組む僧侶の会」、そして巣鴨で高齢者のつながり作りのためお話の会を開催する「法話研鑽会」の四名の僧侶です。具体的な活動の内容とどんな反応があったのか、またなぜこうした活動を始めたを中心に話されていたのですが、実際の活動をしたなかで感じたという以下のようなお寺と社会の距離感は私自身も日ごろ感じているものでもありました。 ... Read More



